写真帖

スエデンボルグや道元による真理を写す手帖

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お金や名誉では得られない真の幸福である
自由や平安、心の健康や永遠の生命を得る為の
スピリチャルな知識を紹介します

2011年08月

「これをしなさい、あれをしてはいけません」 という教義による束縛は地上世界の苦痛のタネの一つです。伝染病や不健康より厄介です。病気による身体上の苦痛よりはるかにタチが悪いものです。なぜなら、それは魂の病気だからです。霊に目隠しをしてしまうのです。   に

名家に生まれ、若さと美貌、そして富を兼ね備えていた。1851年に36歳の若さで亡くなった。彼女はすべての人に対して善良で、優しく、寛大であった。 高慢さ、尊大さは少しも見られず、目下の者たちを常に思いやりをもって扱った。夫の高い地位にふさわしいかたちで、家

長い間、病気で苦しんだ後、35歳で亡くなった女性。生気にあふれ、霊的で、類まれなる知性、正しい判断力に恵まれていた。献身的な妻、母であり、彼女につらく当たる人々にも、機会さえあれば尽くそうとした。彼女は、ある事故から病気になり、最期の3年間ひどい痛みに耐

この霊は1704年に死に、それ以来、恐るべき苦しみに襲われているということで、以下の通信を送ってきた。   財産もなく、怠け者であった私は、使命感からではなく、単に地位を得るために聖職に就くことにしたのです。頭は良かったので、ある地位に登り権力を濫用しはじ

田舎の病院に8歳くらいの子供が収容されていたが、奇形や病気のせいで、その苦しみは本当にひどいものであった。貧しい家庭に生まれ、家族がほとんど見舞いに来なかったので、担当の医者は、この子に同情し関心を抱き、話をして、その早熟な知性に魅了されていた。 ある日

地上界の病苦は、人間本来の必要性とは別種の、言わば人工的必要性に比例して増えています。欲求に自分で限度を設けて、それ以上の贅沢には何の魅力も覚えない人は、地上生活における落胆とは縁のない人です。真の意味で豊かな人とは余分なものを欲しがらない人です。  

イエスの言説を検討することである。誇張的表現を削(そ)ぎ落とし、事実そのものを直視せよ。神がかり的表現を冷静なる理性の光に照らして検討せよ。伝説、神話、因襲の類に過ぎぬものを払い除け、何ものにも拘束されずに、辿りつく結論を恐れることなく、勇気をもって己の

われらとしては罪なき神の御子イエスに己の足らざるところを全て償わせるが如き、都合よき言説は説かぬ。 一度の信仰告白によりて魔法の如く罪を消すと説く、かの贖罪説も説かぬ。   援助はある。常に手近にあり、いつでも活用できる強力なる霊力が控えている。 しかし

善なる行為は魂を向上させ、悪なる行為は逆に堕落させ、進歩を遅らせる。   真の幸福とは向上進化の中、すなわち一歩一歩と神に近づく過程の中にこそ見出される。神的愛が行動を鼓舞し、互いの祝福の中に魂の喜びを味わう。ものぐさな怠惰を貪(むさぼ)る者など一人もお

博愛主義者と哲学者、すなわち人類愛に燃える人間と偏見なき真理探求者こそ神の宝――比類なき価値と将来性に満ちた珠玉である。   真実の博愛主義者、全てに先んじて同胞の利益と進歩を慮(おもんぱか)る人こそ真実の人間、真の神の子である。なぜなら神こそ真の博愛主

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