写真帖

スエデンボルグや道元による真理を写す手帖

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お金や名誉では得られない真の幸福である
自由や平安、心の健康や永遠の生命を得る為の
スピリチャルな知識を紹介します

2011年09月

真摯なる者、純心なる者、誠意ある者にとっては神学がまことしやかに説く悪魔も閻魔も存在せぬ。悪は近づけぬのである。邪霊は逃げ去り、悪の勢力も彼らの前では無力となる。そのまわりは天使によりて保護され、明るき霊の支配を受け、進むべき正しき道へと導かれる。 彼ら

スピリチュアリズムに基ずくキリスト教を受け入れる者は、古き信仰に比して、一段と明るい影響力を感じるであろう。   一つの真理が初めて語られ、それが最終的に受け入れられるに至るまでの道程は、しばしば永き年月を要するものである。 収穫にはまず種子蒔きの時期が

われらがそなたに理解を望むことは、神の啓示といえども、所詮は自分自身に与えられた“光”にて判断せねばならぬということである。説教者の言葉を鵜呑みにすることなく、それを全体像の中で捉(とら)え、一言一句の言い回しにこだわることなく、その精神、その流れを汲み

新しきものが非難され、信頼を得られぬのは、宗教において、科学において、有限なる人間の為すことの全てにおいて、いつの時代にも変わらぬ物語である。それが人間的知性の特性の一つなのである。すなわち、見慣れたものが気に入られ、目新しく見慣れぬものが懐疑と不信の目

人間は内なるものを開かれることにより天界へ入ることを許され、そこから光を受けた後、天界の天使たちが得ているものと同じ情愛が、その快楽と歓喜とともに、その人間に伝達される。 そのとき与えられる最初の情愛は真理を求める情愛であり、第二は善を求める情愛であり、

春という季節は、わたしの心が小踊りして、思わず賛歌を口ずさみたくなる時期です。絶頂期(夏)まではまだ間があるとはいえ、自然界が美しく着飾る時期だからです。 この芽吹きの中に―伸びよう、成長しよう、広がろうとする生命の営みの中にこそ、大霊が宇宙を支配してい

456.「天界の喜びと生活は、ひとえに主を讃え、崇めるにある」 というのは誤った考えであり、これは活動的生活ではなく、仁慈の諸善を行なう生活の結果である。なぜなら主は賛美を何ら必要とはされないのであって、ただ彼らが仁慈の諸善を行なうことを願われるのみであり、

450.「自分達は高い所(地位)に置かれる時に天界にいるのであり、その位置から下の凡ての者を支配し、他の者よりも卓越し、自らを誇ることができる」 というのは誤った考えであり、天界は高い所にあるのではなく、どこであれ、愛と仁慈の中にいる者または自分の中に主の王

2188.天使たちは、益々内的なものとなり、完全なものとなるにつれ、益々過去のことを憶えなくなり、そこに彼らの浄福があるのである。 なぜなら各瞬間に主は彼らに楽しいものを、また彼らが考えて心を動かされるものを彼らに与えられるからであり、それは主のものであっ

452.「天界の喜びは最大の者になることにある」 というのは誤った考えであり、天界では、いと小さい者がいと大いなる者である。それは最小のものになろうと欲するものが最大の幸福を得、従って最大の者となるからである。なぜなら、最大の者は最も幸福な者でなくてなにであ

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