写真帖

スエデンボルグや道元による真理を写す手帖

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お金や名誉では得られない真の幸福である
自由や平安、心の健康や永遠の生命を得る為の
スピリチャルな知識を紹介します

2013年04月

そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎の剣とを置いて、命の木の道を守らせられた。(創世記3.23-24) 『ケルビムを住まわせる』ことは彼が信仰のいかような秘めら

主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守れせられた。(創世記2.15) 最古代教会の認識能力は善い真のものを認識することに在ったのみでなく、善を行うことから起ってくる幸福と歓喜にも在ったのであり、善いことを行うことにおけるこうした

最近撮った花などの写真でレンズ描写の違いを見ます。 CマウントのCOSMICAR 25mmF1.4です。とても小さいレンズなので散歩などに最適です。 Nex5Nだと周辺がケラレますが、魚眼レンズ的な感じが面白いと思います。 広角なのにF1.4と明るいので、けっこうボケます。
『レンズ描写の違い』の画像

為し得る限り主は絶えずいくたの悪と誤謬とを逃走させられているが、しかしそれは良心を通して行われているのである。 良心が弛緩しているときは、主が流れ入られることができる手段となる媒介は存在しないのである、なぜなら人間のもとに主が流入されるのは人間の良心の中

「あなたは充分に年老いて葬られるであろう」 これは主のものである者によりあらゆる善が享受されることを意味していることは、死んで葬られる者は死にはしないで、明確でない生命から澄明な生命へ移って行くという事実から明白である。 なぜなら身体の死は単に生命の継続

善と真理とはすべて主から発しており、善は一つとして人間からは発していないことは聖言から知られ、教会の教義的なものにより宣べつたえられ、説教により教えられている。 しかし僅かな者しか、いな、極めて僅かな者しかな者しかそれが然うであることを信じてはいないこと

霊力はリアルなものですが、地上世界では、霊感者を除いては、感知できません。 霊力は生命を支えているエネルギーです。無知な人、偏見のある人、迷信にひきずり回されている人は、みずから障壁をこしらえ、それが霊力の流れを阻止しているのです。それを取り除くのにどれ

人間は再生しつつある間は、かれは主から与えられている自由から、自己を強制し、またその者の合理的なものがそれ自身を服従させるために、その合理的なものを卑しくし、また苦しめさえもし、そのことによりかれは天界的な自分のものを受けるのであって、その天界的な自分の

人類は物質文明を自負しますが、霊的にはきわめてお粗末です。 願わくはその物質文明の進歩に見合っただけ霊性が発達することを祈ります。つまり、これまで“物”に向けられてきた人間的努力と進歩に匹敵するだけの進歩のための努力が精神と霊性の分野にも向けられればと思

地上に生を享(う)ける時、地上で何を為(な)すべきかは魂自身はちゃんと自覚しております。何も知らずに誕生してくるのではありません。自分にとって必要な向上進化を促進するには“こういう”環境で“こういう”身体に宿るのが最も効果的であると判断して、魂自らが選ぶ

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